生物学研究者の言いたい放題ブログ

とある大学の生物学研究者が書きたいことをひたすら書くブログ

研究と競馬1

研究生活と競馬のレースは似ている。

先行策が得意な馬もいれば、豪快な追い込みが持ち味の馬もいる。コツコツやるのが得意な人もいれば、ガッと集中してやるのが合っている人もいる。

すんなり逃げると持ち味を発揮するけど揉まれるとダメな馬もいれば、併せるとしっかり走るのに抜け出すとソラをつかってしまう馬もいる。気分良くおだてていればとても良い仕事をするけどちょっとつまづいたり突っ込まれたりすると途端に崩れる人や、もがいてもがいて必死で頑張ってもちょっと人より抜きん出るとすぐに調子に乗ってしまう人もいる。

本当に強い馬はハイペースで逃げ切ってしまう。

馬の気持ちや脚質とばっちり合って良いレースをすることもあれば、折り合いを欠くいて散々なレースをしてしまうこともある。

そう、競馬場には研究の秘訣が詰まっているのだ。ということで競馬場に行きたい。

以上。

ライフイベントとかライフワークバランスとか2

男性研究者は直接的な妊娠、出産がない。しかし結婚と子育てというライフイベントはある。これらのライフイベントがどう研究に影響するのか?ちなみに自分の場合、嫁さんは専業主婦なのでそのつもりで読んでいただきたい。

まずは結婚。実体験からも周りを見ていても、結婚によって確実に研究に割く時間が減るということである。事情は各家庭により様々だが、自分の場合はやはり嫁さんとの時間は大事にしたい。稀に独身時代と何も変わらない男性もいるが、離婚率は高い気がする(統計学的なデータはないが、少なくとも自分の分野ではそれなりのn数がある)。

そして嫁さんの妊娠と出産、子育て。これで研究に割く時間が減らない男がいるのだろうか?自分の場合は妊娠が分かった時点で自分で掃除洗濯など家事をする時間が増えた。さらに子供が産まれてからはそれらに加えて料理をすることも時々あったり、お風呂やその他の世話、さらに遊んだりと研究に割く時間はちょっとびっくりくらい減っていった。専業主婦でこれなので、共働きだったらもっと大変なのだろうか?それとも保育園に預けることになるからそこまで変わらないのだろうか?

自分の適当な感覚では、独身時代に研究に費やしていた時間を100とすると、結婚で80になり、嫁さんの妊娠で70、子供が産まれてからは60以下になった。もちろん自分も日々成長しているので費やす時間が少なくなっても効率は良くなり、研究成果という観点からはそこまで劇的に落ちた感はない。しかし、今独り身だったら2倍くらいの業績は出せるかもしれないと思うことはある。それでもやっぱり子供がいると楽しい。あとは○○時までに帰らないといけない、○○日は家族と出かける等々、時間の制約があるおかげで仕事の効率はかなりよくなっている気がする。質は知らない。

自分の経験から助言できることがあるとすれば、出産等を控えているのであれば「出産前に死ぬほど実験に取り組み出産後にじっくり論文を書く」というつもりで、ということくらいだろうか。

ちなみに専業主婦だと経済面では辛い。私のポジションと年齢では所属大学の賃金は安く、本当に辛い。

以上。

海外学振に関する私の経験とイメージ

少し前(多分海外学振の締切前くらい)から、海外学振に関する話題を色々なところで見る。実は私は海外学振経験者であるが、どうも昔のイメージが違って評判が良くないようだ。私は海外学振にはすごく助けられたというか海外学振が無かったら今の自分は無かったであろう。さらには最近の海外学振は私の頃よりもはるかに融通が利くようになっているみたいだ。ということで私が持っていた海外学振のイメージを適当に書いてみる。

まずは申請について。「学生が申請するには厳しいスケジュール」とあったが、確かにその通り。なぜ海外学振だけ少し締切が早いのだろうか?ただ採択される人の業績を考えると、とっくに修了が確定しているレベルでないと厳しいかも。ギリギリで大きな論文が通った人は焦らずともチャンスは十分ある。私を含め私の周りでは日本国内でポスドクをやってから海外学振を取るケースしか知らない。

採択の難易度について。私達の分野では細目に0-1人/年なので採択自体は非常に厳しかった。これは他分野を見ても同じような感じだ。つまり申請した年に自分よりも業績が上の人がいた場合とても厳しい戦いになる。"採択率は高い"という記述のあるブログも見られるが、私の経験からするとそもそもそれなりの業績のある人で無いと海外学振に申請すらしなかった。逆に言えば手薄なところであれば比較的チャンスが高いのかもしれない。実際に手薄であろう領域で取った知り合いは海外学振は簡単に取れると豪語していた。

金額について。これは国によるとしか言いようがない。先進国であれば大体Maxに近い額だと思うのだが、先進国であっても例えばスイスに海外学振で行ったら大変なことになるだろうとは想像できる。このあたりはそもそも海外学振で物価が高い国に行こうとしないのが正解かもしれない。学振としてはこれ以上額は上げられないので、他からの収入を年間100万とは言わず(これでも私の時よりは柔軟になっているのだが)、場所によってある程度柔軟な対応も必要かもしれない。あとは飛行機代がでるのも嬉しい。

年数。私は倹約家なので、合計額は同じでいいので3年やりたかったというのが本音だ。2年は短い。しかも私の場合は非英語圏だったので、生活の軌道に乗るまでがとにかく大変だった。非英語圏に関しては、滞在費なしでいいので3ヶ月前の渡航を認めるなど柔軟な対応をしてもらえれば、基礎的な語学に集中でき、結果としてもう少し最初の半年くらい集中して研究ができたのではないかと思った。

採択後、現地では「自分でフェローシップを取ってやってきたやつ」というそれなりの評価をされる。雇われポスドクよりはベースとしての評価が高い。向こうのボスからすれば懐が全く痛まないポスドク

私のケース。海外学振の受け入れ先の教授とは、分野どころか研究対象が一部被っていたのでお互い名前だけは論文で知っていた。最初は特にそこのラボに行きたいわけではなかったが、国際学会のときに偶然話し、研究者として見習うべき点が多かったので海外学振の受け入れ先の候補の一つとして考えた。受け入れ先への連絡は「海外学振でそっちでポスドクやりたい」ということを事前に連絡。特にスカイプなどで綿密な打ち合わせは無く、数回のメールのやりとりで意見が合致。とてもWelcomeだったようで、すぐに受け入れOKの手紙も書いてくれた。

得られたもの。とにかくそこのボスとの出会いは貴重だった。研究のスタイルや考え方、指導法まで見習うべき点は多く、PIになるための素養を育ててくれたのは間違いなくそこのボス。また、今も共同研究から日常会話まで色々とメールをしたりしてきたりと、とても良い関係を築いている。未だに海の向こうから色々とサポートしてくれたり(逆にすることも多々あるが)、そこから広がる人脈も非常に助かる。

ということで海外学振は私にとっては良いことしかなかった。あくまでもたくさんいるうちの1人の意見ではあるが、参考になれば幸いである。

以上。

理系研究者はモテない?

私は既婚者だが、よく学生に真面目(?)な相談として理系の大学院生(男)はモテない、彼女できないと相談される。確かに客観的に見て理系大学院生(男)はモテない。しかし、これは明らかに大学院生(男)の努力不足によるものである。研究と同じく、適切な努力なくして彼女ができると思ったら大間違いである。

私が大学院生の頃、ラボではそれはもう真面目すぎるくらいの学生だった。ファッションも全然気にしないし、髪の毛も全くセットせず。そしてメガネ。清潔さだけはキープしていたものの、他のラボの先生に「君は典型的な理系男子だね」なんていう全然嬉しくない言葉をもらったりしていた。が、それは仮の姿である。出会いの場では精一杯がんばった。

ファッションはセンスがないことを自覚しているのでとにかくダサくはない無難系だったが、髪型はワックスでセット。ワンデイコンタクト装着。涙ぐましい努力だが、「内面を見てもらうには外見から(学部のときの女の先輩達談)」という素晴らしい助言に従って努力。実際そうだよね。

元々話は比較的得意だったが、夜中に率先して一発芸大会を開催して腕を磨いたり、家に帰ってからカップ焼きそばと納豆と第3のビール(たまに発泡酒)を食らいながら30分だけ年齢相応の男に戻ってテレビなりビデオなりを見ていた。趣味もあった。

モテないと嘆く大学院生達はどうだろうか。メガネしか持っていない。セットできなさそうな重そうな髪。普通の話題を振ってもネタが通じない。気の利いた返しもできない。趣味は特にない?

コンタクトは慣れないとしんどい。髪型のセットだってそれなりのコツもいる。一朝一夕では無理。もはや学生への助言というよりはちょっとしたコンサルタント気分である。

もちろんそんなことをしなくても彼女できる人はできるし、正直なところ相手次第(上のようなことを嫌う人もいるだろう)だろう。しかしとにかく言いたいのは「モテない、彼女ができない」と嘆く前に努力せよということである。最低限の努力なくして彼女ができると思ったら大間違いだ。

ちなみに私、決して研究をおろそかにして女にうつつを抜かしていたわけではないことを最後に添えておく。

以上。

過去にいただいた名言1

過去に自分の人生を変える一言となった名言。今回は博士課程に行こうかどうか迷っていた私の背中をぐっと押したとある先生の一言だ。

その先生は私の指導教官ではない。隣のラボの先生なのだが、そのラボの学生からの評判は悪かった。評判が悪いというか嫌われていたのだ。私も最初はその評判を聞いていたので非常に話しかけづらかったのだが、私がよく使用していた共通機器の担当がその先生だったた、必然的に話す機会も多くなった。話してみると単純にとても厳しいだけで別に悪い先生ではなく、学生の評判だけで教員を判断することの愚かさを悟った。

そうこうするうちに色々と深い話をするようになり、将来何をしたいのかという話になった。当時の私は就職か博士課程かの二択で迷っており、とりあえず就活っぽいことを始めながらも博士課程に関する情報を色々集めていた。その時の悩みなどを打ち明けているとその先生はあっけらかんと一言、

「きっと君みたいな子は企業なり公務員なりに就職しても、そのうち辞めて博士課程に行くんじゃないかな。だからどっちを選んでも結局一緒だと思うよ。」

かなり要約しているのだが、こんなようなことを言われた。その一言ではっとした。よく考えてみると自分は頑固で、色々遠回りがあっても何だかんだでやりたいことはやる性格だった。もしかしたら適当に発言しただけかもしれないが、数年の付き合いでそこまで見抜いてしまう先生にちょっと驚いた。その後自分の中では「どうせアカデミックに戻ってくるくらいなら最初から博士課程に行ってしまえ」という結論になり、ダイレクトに外部の博士課程に進学することになった。

「自分もこのように学生の性格を見極めたうえで助言などできたら」と常々思ってはいるのだが、自分が教えてきた学生さんがどのように受け取ってきたかはわからない。

ちなみに私が同級生達に「あの先生、良い人だよ」と言って回ってもその先生の評判が変わることは全くなかった。そこからは学生に一度嫌レッテルを貼られてしまうと評判の回復は難しいということや、教員-学生の関係は非常に難しいということを悟った。

この先生からは直接的にも間接的にも色々学んだ気がする。

以上。